世界に蔓延る緑について➀

短編小説

 朝、鳥の鳴き声が聞こえたとき、僕はパソコンの前に座って自分の総体についての考えを巡らせていた。冷気が靄のように漂い、朝日を新品のように演出していた。僕は冷え切った珈琲を啜り、窓の外を見上げながら 外側の世界からやってくる音を聞いていた。音源はどんどん近づいてくる。じっと耳をすませるに、それは雀の鳴き声だった。雀が電柱の上をぐるぐると旋回し、新しい島の発見を伝えるように鳴いていた。僕はしばらくの間ぼんやりと過ごし、雀の鳴き声を聞き、意識の表層に歪んだ化石たちが現れるのを待った。あてのないガラクタの記憶たちがどんどん明朗としていく。カフェインと冷気で冴え渡った僕の頭のなかにはたった二つの問いがあった。総体とはなにか? という問いと、いったいどこまでが総体なのか? という問いだった。

 その週は月曜日に雨が降り、次の日の明け方まで降り続いた。街全てを溶かして一つのシャボン玉にまとめてしまおうとするような雨だった。でも、この街にはときたま、そういう種類の雨が降った。降っている間は誰も外には出れない。朝日が水滴に反射するころになると、人々はおそるおそる顔を覗かせ、昨夜の雨について話をした。それがどれだけ激しかったのか、自分がどれほど不安だったのか。だけど雨が止んだ後の街には至る所に苔が付いてしまっていて会話はうまくいかない。苔の放つ臭気が人々の間に入ると気分をげんなりさせてしまうからだ。もちろん僕のところも例外ではなく、お気に入りのインターホンは湿気でぱすぱすという間抜けな音しか出さなくなってしまった。ひとり、小さい哲学者が来訪する予定だったが、これでは誰とも会えないと僕は思った。それで週末は珈琲を飲みつつ、総体についての考え事をしたり、唄を作ったりしていた。唄については昔から自信があった。子供の頃、たくさん唄を歌ってはいろんな人に褒めて貰っていたから。その気になればいくつか書き出すことも出来る。昨日書いたのはこんな唄たちだ。

「庭先にある小さい頃の自分のお墓」

「なんだか息が苦しいと思ったら、ここは水の中でした」

「こっちに来てもいいよ。この一文字が悪い働きをするのだ。蟻でできた文字みたいに」

「この世界が全部、ショートケーキでできていたら幸せだった」

「苦い珈琲だって悪くない」

 それがリフレインされる。僕はもうメロディーを作れないからこの唄は永遠に完成しないのだけど、もう一人いれば唄を作ることが出来る。二人いれば感情を作ることも出来る。感情にエネルギーはないが、感情がないと人は生きていけない。僕はそれを最近実感している。

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