変わった癖を持った少女

 少女には幼いころからちょっとおかしな癖がありました。両親はそれを心配していましたが、それ以外のことはなんら他の子供と変わらず、その癖も小さい子供にはよくありそうなことなので、また少女の両親も二人とも働いていてなにかと忙しい日々を過ごしていたため、まあこんなものかと次第に放っておかれるようになりました。

 少女は嫌なことや、自分にとって都合の悪いこと、嘘がばれそうなときになると決まって呪文のようなものを唱えました。例えば「死んじゃえ」だとか「呪ってやる」だとかそういったはっきりとした言葉ではなく、ただ奥歯をきいきいと鳴らして威嚇するように黙り込むのです。そのなんとも耳障りな音はどんなひどい言葉よりも人を不快にし、気持ちを落ち着かせなくしました。飼っていた猫もその日一日は彼女に近づかなくなりました。友達ですらそうです。それでも両親は頭を撫でたり、優しい声をかけたりとやり過ごす術を見つけていきましたが、やっぱり不安を覚えずにはいられませんでした。わたしたちの子供はいつになったら近所の子供たちと同じようになるんだろう、と。普段はなんの汚れも知らないような愛くるしい女の子が突然歯を鳴らすさまは、どこか不気味な絵画を見ているようで余計に得体の知れなさが増していくのです。

 そんな彼女を「個性だ」と言い張る人も現れました。主に父親の仕事で付き合いのあった芸術家や投資家たちです。彼らは主に少女が普段見せる愛くるしさや可憐さといったものと歯を鳴らしているときの不気味さをそれぞれに結び付けようとしていました。幸いにも少女は同世代の子供たちと比べても可愛らしい顔立ちをしていたのでその案はとても順調にいきました。少女は個人的な絵画のモチーフになったり、ちょっとしたコマーシャルに出演したりとゆっくりとその名前を広げていきました。そのおかげで少女の家はそれなりに裕福となり、あくせくと働く必要はなくなりました。何度目かの少女の誕生日に(母親はもう働いてはおらず、少女の専属のマネージャーになっていました)両親は女の子にプレゼントの包みを渡しました。とても大きく、丁寧に糊付けされた包み紙です。包み紙をもらった少女は嬉しそうに笑いました。いつもは忙しく働いている父親ですがこの日ばかりはたっぷりと時間をとることができました。三人は久しぶりに同じベッドで眠り、少女は二人にたくさんのお話を読んでもらいました。

しかしそんな時間も長くは続きませんでした。その日を境にして少女はぱたりとその癖をやめてしまったのです。奥歯を鳴らす癖を失った少女はもう彼らたちの目を引くことはありませんでした。彼らは彼女に注目した時と同じようなスピードで少女のもとから去っていき、やがて世間からも忘れられる存在となりました。

少女の家族たちは残ったお金で郊外の港に一軒家を建てました。また、あの時のような忙しない日常が帰ってきましたが、その時の少女はあの頃と比べてだいぶ成長をしていたのでそれで寂しいと思うことはありませんでした。いく度となく月日は流れて何度目かの誕生日を迎えました。少女はもうすっかり女性と呼べるような年齢へとなっていました。

「わたしあのときはもう、すっかり押しつぶされそうだったのよ」と女は笑います。「すごく寂しかった」

「結局お前の癖はなんだったんだろうな。原因が分からないままいつのまにかなくなっていたんだから」父親の言葉に女はちょっと考えていましたが、それで奥歯が鳴るようなことはありませんでした。今や美しく扱えるようになったフォークで肉を切り分け、言います。

「わたし、あのときは誰かと戦っているような気がしたの。わたしの中に入ってきた誰かと。わたしはそれと戦うことに必死だったけど、もう今はそれがなんだったのかすら思い出せない。ほんと不思議なことよね」

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