線路上の蝸牛

 わたしは幼いころ線路の蝸牛を上手く見つけることができた。蝸牛は線路の近くならどこでも現れた。いくつも茶色い石が転がっていて、苔の生えた石との狭間に蝸牛はよくいた。わたしはそれを動物園の猿でも見るような気持ちで見つめ、蝸牛の方もなんでもない風に私を見ているようだった。蝸牛を見つけるのは決まって赤い夕焼けのときだった。その小さな眼差しが赤黒く光ることがよくあった。

 わたしは、下校をするとき線路沿いをひとりで帰ってきていた。わたしは二人の友達の後ろを歩いていた。そのとき前の二人が話をしている話題にわたしはついていけていなかった。今日学校であった授業の話だった。学校ではわたしは椅子に座り、先生の顔を見ていた。他のみんなも黙ってそうしていた。だからわたしも同じように真似をしていた。突然立ち上がり、一斉に頭を下げだすなんて考えもしない光景だった。二人はそんなわたしを笑っていた。わたしの見えるところでわたしをからかい、恐れずに近づいてきた。

 わたしは俯いて歩いていた。ぎっしりと荷物の詰まったランドセルが肩口に食い込んで痛かった。わたしは二人の話に入れず、代わりにランドセルに入りきらなかったリコーダーのことを考えていた。二人の影はリコーダーの分だけ尖り、いびつな形をしていた。それが歩くたびに細かく揺れた。時折影から抜け出したように白いリコーダーが綺麗に光った。

 目の端で蝸牛が動いたのを感じた。わたしは顔を上げ、蝸牛を探した。線路の上を赤黒い小さな物体が這っていた。蝸牛はいつも鉄柵の中にいた。蝸牛が通った後は気持ち悪い黒い粘液で覆われていて、変な匂いがした。二人はまだそれに気づいてはいないようだった。

 わたしはゆっくりと歩くスピードを速めていった。蝸牛がよく見える場所まで行きたかった。蝸牛は目を離すごとに進んでいき、視線を切るたび次の場所に現れているようだった。わたしの歩みはいつの間にか速くなり、気づけば二人を追い越していた。その間にも蝸牛は先に進んでいて、不思議なことにわたしが駆け足ほどの速さで近づいても蝸牛との距離はいっこうに縮まる気配はなかった。わたしは立ち止った。友人たちはわたしには気づかず、談笑を続けていた。蝸牛はもうずっと先の方へと進んでしまった。わたしはもうそろそろ嫌気がさしてきていた。何に? はじめは自分に。今はわたしの目につくもの全てに。わたしはその場にうずくまり、初めて蝸牛が見たくない、と思った。今なら蝸牛に手が触れられるような気がしていた。わたしはそのまま目を閉じた。

 目を開けると蝸牛は目の前にいた。今ではもうすっかり大きくなって、牛みたいな黒い塊になっていた。わたしは赤い瞳の下に手をやり、その暖かさに感じ入っていた。蝸牛も安心したように黒い吐息を吐いていた。わたしは優しく微笑み、抱きかかえるように大きくなった蝸牛を

 わたしは元の通学路に立っていた。ぎっしりと荷物の詰まったランドセルが肩口に食いこんで痛かった。西日がマンションの切れ目から差し込んで強く光っていた。

 蝸牛はいつのまにかいなくなっていた。線路は錆びた鉄を湿らすように赤黒く変色をしていた。前を行く二人も同じようにいつのまにか消えてしまっていた。わたしはそのことに強い憤りを覚えたが、今更になってどうしようとは思えずにいた。だからそのまま歩き、歩き続け、電車の音を聞いていた。その間にいくつもの踏切が短かい間隔となって通過していった。終わらない夢のように夕焼けは続いた。

 わたしは幼いころ線路の蝸牛を上手く見つけることができた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました